デス・オーバチュア
第50話「翠玉の魔王」



空の境界から、青い球体が出現し、地上に向けて降下した。
地上に到着すると同時に球体は消え去り、黄金の髪の少年が姿を現す。
「……ふん、魔界であることだけは間違いないようだな」
黄金の髪の少年オッドアイは周囲を見回すまでもなく、肌に感じる瘴気……慣れ親しんだ空気から判断した。
「問題は過去か、未来か……いや、遡りの通路だったからな、未来ということはないな」
全ての存在には現在という起点が存在する。
一秒後には過去になってしまう現在という一瞬の瞬間。
だが、いや、だからこそ現在とは絶対的であり不変なものなのだ。
「僕もあいつも独力で未来に飛ぶことはできない、現在……遡りを開始した地点より向こうにはいけない……」
未来にまで干渉ができる存在は、魔界でも唯一人しか存在しないと言ってもいい。
リンネ・インフィニティ。
神剣タイムブレイカー(時の破壊者)の所有者であり、自身も時を司る神である彼女だけだ。
例外は、空間、次元といった界と界の境を管理する存在であるモニカ・ハーモニー、時空という言葉があるように、彼女の能力は時にも干渉することができる。
もっとも、リンネのように時だけに直接的に細かく干渉することは不可能だが……。
ちなみに、オッドアイやルーファスの場合は光速移動の発展と空間干渉により、時間を適当に『飛び越す』ぐらいのことしかできない。
『速度が光速にまで達すると時間の流れにすら影響を与える……時の壁を突き抜けるって感じか? それとも時より速く動き続けることで時の流れを逆に遅く体感……まあ、俺にも理屈や法則はよく解らないが……例えるなら、あれだ! ビデオの巻き戻しと早送り!』
あの男……ルーファスは自分達の時間移動能力をそう説明したことがあった。
『リンネの奴みたいに、何年何月何日何分何秒前なんて細かく指定した時間に飛ぶことはできない。適当に、このくらいの力でこのくらいの長さを遡れば、だいたい何百年前に行けるかな?……て具合の感覚任せだ』
なんとなくいい加減というか無責任で無秩序な能力だとオッドアイは思う。
ゆえに、あの男には相応しい気がするが、それを認めるということは自分もまたいい加減で無責任で無秩序な存在だと認めることになるような気がして嫌だった。
「だいたいビデオに例えるというのもどうかと思うぞ……」
ビデオ……正確には映像記録装置。
魔界にかって存在した古代魔族の技術『魔導』によって生み出された『機械』である。
テレビ……映像放送受信投影機とセットで使用する、捉えた映像を『録画』するための機械だ。
録画した映像を再生するだけでなく、巻き戻したり、早送りすることもできる。
「そういえば、奴が居た頃はよくテレビやビデオを壊された……」
至高天に存在するテレビやビデオといった『魔導機』の数々は古代魔族である魔導王煌(ファン)の遺産であり、故障したら直せる者は限りなく皆無に等しかった。
「そして、直すのは僕の役目にされた……」
古代魔族であった煌以外に魔導が解る者は、ルーファスのような古代魔族よりも年寄り(過去から存在し続けている)な魔族ぐらいである。
ルーファスは自分で直さず、わざわざオッドアイに魔導を勉強させて、直させた。
彼の真意というか、面倒臭いの基準はオッドアイにはよく解らない。
「……くっ、やめだ。奴のことを思い出すと不愉快になるだけだ」
オッドアイは前向きな行動に移ることにした。
ここがどれくらいの過去の時代なのか確認する。
それを行わないと元の時代に戻ることはできないのだ。
いや、未来にまでは飛べないという理屈(法則)がある以上、全力で飛べば戻ることは戻れるのだが……。
その場合、無駄に力を消費することになるし、現在という限界の境の『壁』とでもいうモノに衝突して止まることになり、深刻なダメージを負うことになってしまうのだ。
「面倒臭い……」
無意識にそう呟いたオッドアイは、直後顔を歪める。
面倒臭いというのはあの男の口癖であり、オッドアイにとって口にするのも嫌な言葉だった。
『おや、大変お久しぶりでね、オッドアイ』
突然の声と、それに遅れて発生する強烈な存在感。
「……誰だ、貴様?」
高位魔族だけが発することのできる威圧感(プレッシャー)を放ちながら、銀色のマントともコートもつかない長布で全身を隠すように包み込んだ少女がそこに佇んでいた。



「色にはイメージというものがあります」
翠色の人物セルは、跪いているタナトスとリセットを見下ろしたまま話し出す。
「例えば赤から連想されるイメージは火、血、情熱、復讐などなど……」
「……青なら水や空や海といった具合か?」
「そうですね。では、緑はなんだと思いますか?」
「緑?」
タナトスの脳裏にフローラの顔が浮かんだ。
美しく瑞々しい若草色の髪……そこから連想されるのは……。
「……草? 自然?」
美しい草原を背に戯れるフローラの姿が思い浮かんだ。
「それもまた正しい。ですが、ここ魔界では……緑は……」
セルの周りに揺るかな気流が生まれる。
「風、魔、細胞……この私、魔界の緑薔薇、翠玉の魔王を象徴する色です!」
「くっ!」
「きゃあっ!」
緩やかな風が突如暴風と化し、タナトスとリセットを吹き飛ばした。
「……緑薔薇というのはなんとなく間抜けな気がしてあまり好きな呼び名ではないのですけどね」
突如風が止んだかと思うと、逆方向からの新たな風が、タナトスとリセットを大地に叩きつける。
「まあ、ネージュが白薔薇こと冬薔薇(スノーローズ)、雪の華などと呼ばれ、煌が黄薔薇こと黄金薔薇(ゴールデンローズ)、黄金の華と呼ばれるように……翠玉の華、翠玉薔薇(エメラルドローズ)などと分不相応に呼ばれております」
確かに、セルの髪とマントは翠玉のように美しく妖しく光り輝いているようにタナトスには見えた。
「もっとも、この色も、この姿も、この力さえ、私にとってはたいして意味のないモノですけど……」
「……どういう意味だ?」
「…………」」
セルは答える代わりに優しく微笑んでみせる。
「風魔族(ふうまぞく)の力、肉体なんて所詮借り物ってことよ!」
タナトスの背後からリセットが飛び上がった。
「Aire!」
リセットの口から意味の解らない言葉が発せられる。
「アェティール! 空気よ刃となれ!」
リセットの突き出した右掌から目に見えない何かが放たれ、セルに直撃した。
「今のうちに逃げるよ、タナトス!」
リセットはタナトスを背後から抱き締めると、飛び立とうとする。
「翠玉疾風(エメラルドゲイル)!」
だが、それよりも速く翠色の疾風が走り、リセットの右の翼を切り裂いた。
「あああっっ!?」
「リセット!?」
「真空波……まさか、私相手に風の技を仕掛けるとは思いませんでした」
「痛っ……仕方ないじゃない、属性が同じなんだから……Aire! アェティール!」
リセットは後方に跳ぶと同時に、タナトスを抱き締めている両手をバツの字に交差させる。
「カーム! 空に真なる静寂をもたらさん!」
リセットが交差させていた両手を解き放った瞬間、セルを中心に周囲に凄まじい強風が発生した。
セルの姿が嵐の中に消えていく。
「弾けろ!」
リセットが手首を合わせて両手を突き出すと同時に、嵐が爆発的に弾け飛んだ。
「……殺ったのか?」
タナトスが呟く。
タナトスの死気の嵐(デスストーム)の何倍もの激しさだった。
「……だったら、楽だったんだけどね」
リセットが落胆なのか、疲労からなのか解らないため息を吐く。
嵐が完全に消え去り、視界が回復すると、無傷のセルが変わらぬ場所に立っているのが確認できた。
「真空波と圧縮酸素弾の複合技ですか……あれだけの嵐を生むほどの気圧差を発生させ……悪くない攻撃でしたよ」
「ノーダメージのくせによく言うわよ」
「いえいえ、威力は見事でしたよ。エナジーバリアとこのコートの防御力を持ってしても完全に防ぎきれる威力ではありませんでした……属性が風でなければ」
タナトスが瞬きした瞬間、セルの姿がこまおとしのように突然眼前に出現する。
「風は我が盟友……空気、真空波……風に属する力で私を傷つけることは決してできません」
「つっ!」
「翠玉旋風(エメラルドボルテクス)!」
タナトスとリセットが何か行動とるよりも速く、激しく渦巻状に吹く翠色の風が二人を吹き飛ばした。
「風魔族にとって、風とは我が身の一部、手足の延長、呪文も契約も何一つ必要とせず、自らの魔力を媒介として、意志のままに自由自在に操ることができるのです」
「……知ってるわよ……誰も聞いてないのに、誇らしげに説明するな……」
リセットは無傷の左の翼を羽ばたかせて体勢を整え、タナトスと共になんとか地上に着地する。
「それは失礼、博識なのですね。風魔族などという古代魔族の中でも希少種……マイナーな種族をご存じとは……」
「……リセット、すまない。さっきから私はただの足手まといに……」
「気にしないでいいわよ。今のタナトスは戦う手段がないんだから」
「…………」
その通りだった。
今の幽霊だか、エネルギー生命体だかよく解らない状態では、格闘などしようがない。
剣士や格闘家のように闘気を放ったり、魔法使いや魔術師のように魔法や魔術といった遠距離の攻撃手段も持っていない。
何より、今の自分の手には魂殺鎌がなかった。
「……おや? ただお話をしたかっただけなのに、いつのまにか戦闘をしている……これも魔族の性ですかね?」
セルが自嘲とも苦笑ともつかない笑みを浮かべる。
「……タナトス、とにかく逃げることだけ考えて。アレにだけは関わっちゃいけないのよ」
リセットは、セルに聞かれないようにタナトスの耳元で小声で囁いた。
「Aeon! アイオン! 刹那の永劫!」
リセットがタナトスには意味不明な言葉を再び発する。
その直後、何が起きたのかタナトスには欠片も理解できなかった。
解ったのは、視界が、場所が完全に変わっており、セルの姿が消えているということ。
そして、リセットの緑の髪が青紫に変わっていることだけだった。



「Aeon……永劫を意味する言葉、約二千年を一とする時間単位……まさか、時間を止められるとは思いませんでした」
一人荒野に取り残されていたセルは、クスクスと上品に笑う。
「自らの力の属性……本質を一瞬で風……いえ、空から時に変えただけでもとんでもないと言うのに……」
リセットの髪の色が緑から青紫に変わった瞬間、セルに似ていた風の力を放っていたリセットが、まるでリンネのような時の力に瞬時に切り替わったのだ。
「まあ、正確には時間を止めたのではなく、時間のスロー再生といったところなのでしょうけどね……」
自らに流れる時間の速度を二千倍に速くしたのか、セルの時間を二千分の一に遅らせたのか?
とにかく、互いの時間の流れに『差』を生み出したのである。
その結果、セルが止まっている……ようになった間に逃げ出したのだ。
「ふふふっ……それにしても本当に興味深い二人でした。ぜひ、ルーツを見せてもらいたかったですね、残念です」
全力で捜せば、今からでも見つけることができるかもしれない。
だが、セルにはそうする気はなかった。
先程までのやりとりで充分楽しめたからもう充分なのである。
「光の皇に良い土産話ができました。さて、では、そろそろ行きますか」
セルが歩き出そうとした瞬間、遙か遠くの空の境界で何かが輝いた。
「おや? どうやらまだ何か楽しめそうですね」
輝く光は地上に向かって降下していく。
セルは光の落ちていく場所に向かって、風に乗るように飛翔した。















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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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